■ヨーゼフ・ロート作「サヴォイ・ホテル」(平田達治訳)を「散歩」する

鳥影社刊『ヨーゼフ・ロート小説集1』所収の表題作を改めて読み直す。今回は小説を小説として味わうだけでなく、散歩のための深読みが目的なので作者の伝記である前述書所収の訳者による解説「ヨーゼフ・ロートの生涯」と、同社同訳者による『ラデツキー行進曲』所収の「ヨーゼフ・ロートという作家」を適宜参照させて頂いた。また訳者による作品解題(前述書)も併せ参照させて頂いている。

モデルとなった都市については、作品解題に当たる「訳者解説」にも明言されている通り、作品中にその記述はない。しかし、ポーランド語版のWikipediaでもウッチの同名のホテルがモデルと記述されているし、同ホテルの公式サイトでもその前提でホテルの歴史が紹介されており、そう想定しても特に不都合はないだろうと思う。

訳者解説によると、作者ロートがこの作品を書いたのは、ベルリンに移った1920年頃から1923年にかけてとなっている。作者ロートが生きた20世紀前半は、欧州全体を取り巻く、革命を挟む2度の大戦争に彩られた混乱の時代であった。3国に分割統治されて独立を失っていたポーランドも、こうした混乱の中で1918年に独立を回復して第2ポーランド共和国となる。小説の筋立てが戦争の記憶で始まり、革命の混乱で締めくくられる本小説は、訳者が表現しているように、第一次世界大戦と社会主義革命という歴史の大きなうねりを背景にした「混乱の時代を描く一種の時事小説」と言って良いだろう。

作品のモデルと想定されているウッチ市の歴史については、老舗のハプスブルグ帝国並びに新興2帝国のプロイセンとロシアによる3国分割から、ナポレオンのワルシャワ公国を経て、ウィーン会議後の1815年に成立したいわゆるポーランド立憲王国として実質ロシア領となるまで、都市というよりは村落であったこと(ウッチ市公式サイトなど)、この立憲王国時代に工業都市として発展していくことのみ指摘しておく。直接ウッチとは関連がないが、立憲王国時代はまた、1830年の11月蜂起を生きたショパンの時代でもあった。

さて本題に戻り、前述のホテルがモデルとの前提に立ち作品に即しながら場所の想定をしてみる。

作中でホテルの場所をある程度想定できる記述は、第1部第2章にある「ぼくは方角が分からないので、淑女のあとについて悠然と歩いて行くことに決めた。彼女はホテルがある狭い横丁から右へ曲がった。するとそこには中央広場(マルクトプラッツ)が広がっていた。」という箇所である。

現在のウッチ市・サヴォイホテルは、Trauguttaという通りに面している。旧名はKrotka通り。この通りは文字通り横丁で、ホテルを出て直ぐの所にウッチ市のメインストリートであるピョートルコフスカ通りが走っている。このピョートルコフスカ通りを右に折れてしばらく行くと現在のPlacWolnosci(自由広場)に行き着く。これが作中の「中央広場」と考えると実態にも合い納得できる。この他にも特定できそうな場所として、主人公の伯父フェーブス・ベーラウクが住んでいるギブカ、寄席の道化師サンツィンが埋葬された墓地があるが、推理するには余りに漠然としていて想定が難しい。ギブカは現在のBauckiRynekの辺りかなとおぼろげに見当がつけられるが、サンツィンが埋葬された墓地については方向がつかめず手がかりがない。

訳者は小説の主人公について、「この作品の場合、明確な主人公は存在せず、むしろ戦争に傷つき、貧しさに取り憑かれて、東の過去へも西の未来へも進めず、この工業都市に足止めをくっている、混沌の時代の群像、それを象徴する「サヴォイ・ホテル」こそ真の主人公であると言えるかもしれない。」と記している。概ね100年後の現在に生きている者としては、作中には名称も場所も明記されていない、おそらく当時もそうであったであろうメインストリートのピョートルコフスカ通りを、秘められたもう一つの主人公として付け加えたい誘惑に駆られるが、思い込みが過ぎるだろうか。また現在のポーランドだけでなく欧州全体を取り巻く情勢を見るとき、なくなったはずの「東」が実は水面下で連綿と続いていて、別の形でかつ複雑な様相で「東」と「西」の拮抗が生じていることを考えるにつけ、示唆に富む再読であったことを附記しておく。

 

MapLodz_1890

1890年頃の地図(出所: http://www.historycznie.uni.lodz.pl/mapy_lodz.htm

Traugutta1

ピョートルコフスカ通りから見たTraugutta通り

Traugutta2

Traugutta通りから臨むピョートルコフスカ通り

Piotrkowska

PlacWolnosci(自由広場)からみたピョートルコフスカ通り

(了)

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