■ウッチの歴史に関する日本語資料のこと

ウッチの歴史についての日本語の記述は、ウィキペディア日本語版やポーランド政府観光局公式サイトなど、インターネットで手軽に入手できるが、やはり少し物足りない気がする。学術的な研究では、山田朋子氏が詳細な研究をされているようであるが、インターネットで入手できる文献は限定されているし、もとより当ブログは学術的な内容を目指したものではないので、いずれ機会ができれば改めて言及するということで、ここではお名前を挙げさせて頂くにとどめておくことにする。

ということで、当ブログでは手元にある資料の範囲でできることとして、ウッチ市当局傘下の出版局が発行した月刊誌「Piotrkowska 104」(ISSN 1731-092X)の補遺版ともいえる「Ilustrowana Encyklopedia Historii Łodzi」 の一部を随時翻訳・紹介していくことにしたい。

別項(「■ヨーゼフ・ロート作「サヴォイ・ホテル」(平田達治訳)を「散歩」する」)でも書いたが、ウッチ市が本格的に歴史に登場し工業都市として発展していくのは、老舗のハプスブルグ帝国並びに新興2帝国のプロイセンとロシアによる3国分割から、ナポレオンのワルシャワ公国を経て、ウィーン会議後の1815年に成立した、いわゆるポーランド立憲(会議)王国として実質ロシア領となってからである。それ以前は都市というよりは農村であった。

前述の「Ilustrowana Encyklopedia Historii Łodzi」 (以下、「歴史百科」)は12巻に及ぶ詳細なウッチ市の通史になっている。同「歴史百科」全12巻で記述される時期区分を整理すると以下の通り。
1. 12世紀頃を前史とするヴウォツワヴェク司教区領の時代
2. 第二次分割後のプロイセン領時代(1793年-1806年)
3. ワルシャワ公国領時代(1807年-1815年)
4. 1815年からのポーランド立憲王国時代
5. 十一月蜂起(革命)とその後のロシア領時代(1830年-1863年)
6. 一月蜂起(革命)とその後のロシア領時代(1863年-1914年)
7. 第一次世界大戦中の時代(1914年-1918年)
8. 第二共和国時代(1918年-1939年)
9. 第二次世界大戦中の時代(1939年-1945年)

ウッチ市が本格的に市として発展していくのは19世紀に入ってからであり(上述区分の4.から6.の時代)、当ブログでもこの時期に焦点を当てて随時翻訳・紹介していくことにする。この作業は、自分の勉強のために主として行うものであるが、当ブログを通じてウッチ市に関心を持つ日本人が一人でも増えてくれたらとの願いも込められている。

(参考資料)
■ ウィキペディア日本語版 (https://ja.wikipedia.org/)
■ ポーランド政府観光局公式サイト (http://www.poland.travel/ja/)
■ インターネットで入手可能な山田朋子氏の関連論文:
1.法政史学第44号『一月蜂起前夜のワルシャワー社会層とユダヤ人問題ー』 Hosei University Repository(http://repo.lib.hosei.ac.jp/)
2.法政史学第50号『十八世紀末〜十九世紀初頭ポーランド大貴族による都市建設と工業化ートマシュフ・マゾヴィエツキをめぐってー』 Hosei University Repository(http://repo.lib.hosei.ac.jp/)
『新版世界各国史20 ポーランド・ウクライナ・バルト史』の「参考文献」で紹介されている山田朋子氏の論文「ロシア領ポーランドにおける私領都市ーウッチ工業地帯を中心に」は残念ながら未読。
■ 「歴史百科」”Ilustrowana Encyklopedia Historii Łodzi”, Urząd Miasta Łodzi, Łódź 2009?
(http://uml.lodz.pl/miasto/o_miescie/wydawnictwa_o_lodzi/ilustrowana_encyklopedia_historii_lodzi/)

(了)

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