■イラスト付ウッチ歴史百科第5巻私訳版(001)

巻頭言(編者から読者へ)

イラスト付ウッチ歴史百科の第5巻ではいよいよ19世紀後半の時期に入る。この時期にウッチ市はダイナミックな発展を遂げ、ウッチ市には織物産業の一大センターが建設された。もちろん、これまでの巻で記述されてきた出来事や事実でも明らかなように、変化の速度とダイナミズムが記録的なものであったとはいえ、すべてが一時に成ったわけではない。確かに、18世紀末から19世紀半ばにかけてウッチ市の人口は100倍に跳ね上がった。それでも、当時のウッチ市の人口は小都市に数えられる規模の約2万人に過ぎなかった。その後10年毎に平均2倍の速度で人口が増えていく。1860年代には4万人、1870年台には8万人という具合で、世紀の境目には30万人超に達した。人口の増加が5千人から1万人の規模であるうちは都市のステータスに実質的な変化はない。しかし、増加が数万人から数十万人の規模となるとそれは質的な変貌を意味し、ウッチ市は小都市から大都市に移行した。さらに言えば、わずか30年から40年の間にウッチ市は大工業都市に変貌した。これは言うまでもなく特筆すべき現象である。そして、まさにこの変化の第一波は本巻で扱う1860年代になされたのである。それは何よりも、ウッチ市の絶え間ない拡大と産業の機械化であり、製造部門における大工場の出現であり、Karol Scheiblerを頂点とするウッチ・ブルジョアジーの発生であった。同時にそれはまた、社会不安と暴動の時代であり、愛国的蜂起の時代でもあった。しかし、こうした事件でブレーキは掛かったものの、ウッチ市という巨大な機械は活動を止めることはなかった。本巻では、いわゆる大ウッチ市建設の歴史が引き続き記述されていく。それは、巨大な運命と資本の都市、なによりも苦難な労働に従事する都市の、生き残りをかけた闘いの歴史であった。

「Piotrkowska 104」 編集長Arkadiusz Grzegorczyk

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Karol Scheibler 所有の工場

(訳者注)
オリジナル・テキストの編著者である「Piotrkowska 104」のGrzegorczyk編集長から翻訳をブログに掲載することにつき許可を頂いたので、本投稿から少しづつ和訳を試みていく。内容紹介が眼目であるので時に意訳することもあると思うが予めご了承頂きたい。また、アマチュアのにわか郷土史研究家による翻訳ということで誤訳の可能性がなしとは言い切れず、この点についても予めご了承頂ければと思う。翻訳のペースについては一応可能な限り定期的にということで設定しておく。

(オリジナル・テキスト)
“Ilustrowana Encyklopedia Historii Łodzi” nr5, Urząd Miasta Łodzi, Łódź 2009?

(了)

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