■新米日本語教師奮闘記(2017-01-02)

個人教授の希望者がいて、新年から日本語を教えることになった。

今度の生徒はゼロから始める学習者ながら文字に関心があるという。漢字は別にしても、ひらがなとカタカナが読めて書けないと初級より先には進めないし、ネット上に数多ある教材も使えないのでどうしてもある時点で進歩が止まってしまう。その意味で有望な生徒になってくれるかもしれない。

当該言語が使われていない国で外国語を学ぶことは生易しいことではない。とはいえ、大半の学習者はそうした条件で学習していることも確かだ。かつて自分が外国語を教わったある先生によると、語学は三キだという。暗記、根気そして年季だそうだ。このうち、暗記と根気は生徒側の資質によるものが大きいが、「年季」については教師側の教え方が貢献もすれば、逆に意欲を削いでしまう結果をもたらす可能性もある。

言い換えれば、生徒の学習意欲を維持させていくことが語学教師の重要な機能の一つだということだ。教わる側から教える側に立った今、改めてこの「三キ」の金言を噛み締めているところである。

(次回に続く)

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