■日々つれづれ(2017-03-27)

夫婦ともに車で移動する場合を除き、車を運転しない筆者にとり移動の「足」はなんと言ってもトラム。バスを使うことも時にあるが、東京に住んでいた時からトラムには言葉では表現できないほどの愛着があった。その後ポーランドに移住してから仕事で欧州の様々な都市を訪れる機会があったが、訪問した先では可能な限りトラムに乗った。

現在中欧と呼ばれている国々で日本人向けの観光地といえば、旧ハプスブルグ帝国領内の都市であるウィーンやプラハがまず思い浮かぶ。筆者もこの両都市には仕事で関わりを持ち、かの地のトラムにはよく乗った。特にチェコのプラハでは8年強と長期間実際に生活したこともあって、文字通り日々の足だった。

ハプスブルグと言えば、筆者が住んでいるポーランドも18世紀末から20世紀始めまで続く、国の独立を喪失していたいわゆるポーランド三国分割の時代に、ガリチアと呼ばれた地域がハプスブルグ領内にあった。しかし、その後も続くめまぐるしい歴史の転変とこれに伴い戦火を経験したことが災いしてか、筆者の経験からすると、日本ではウィーンやプラハに比較しポーランドの都市の観光地としての認知度は相対的に低い。特に、首都であるワルシャワと旧首都クラクフを除くと、他の都市はあまり知られていないようだ。筆者が住んでいるウッチはその代表格と言ってよいだろう。

さてトラムに話しを戻すと、ウィーンとプラハは日本人向け観光地の「定番」ということで様々な紹介記事があるが、ポーランド、特に筆者のホームグランドであるウッチのトラムについては紹介記事は殆どないように思う。ちょうどこの4月初め(投稿時点から約1週間後)から路線網の大改正(と若干の値上げ)が予定されていて、改正後の路線図などは役に立つこともあろうかと思うので以下紹介しておく。オペレーターのMPK-Lodz(ここ)ではこの大改正を「革命」と称していて実際に大幅な変更が予定されている。当然、筆者を含めて利便を得る人も失う人もいるわけで賛否両論喧しいが、総体としては良い方向での改正のように思う。

ポーランドは20世紀初めに独立を回復したものの、第二次世界大戦の勃発で再び独立を喪失した。そして、第二次世界大戦後の国境線引き(ヤルタ会談)の結果、一旦ポーランド領に戻った先のガリチアも西ガリチアのみ現在のポーランド領となり、東ガリチアは旧ソ連そして現在のウクライナの領土となるなど、めまぐるしい歴史の転変を経験してきた。戦後も旧ソ連の支配下にあった旧東欧圏に組込まれて長い間停滞の時代を経験するが、いわば自力でそこから抜け出し、欧州連合加盟を果たした頃から生活水準も急激に改善されてきている。ウッチもやや遅れは見られるものの、道路網の拡充や公共交通機関網は目に見えて改善されてきている。

(了)

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■日々つれづれ(2017-03-27) への1件のフィードバック

  1. Ciszek より:

    こんにちは。友人からこちらのブログを紹介していただきました。
    私もウッチ永住予定者です。まだ慣れないポーランド語を使いながら日々悪戦苦闘しています。まだよくウッチのことを知らないので、こちらの情報を参考にさせていただきます。よろしくお願い致します

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