■日々つれづれ(2018-05-02)ーウッチ・ゲットー救出記念公園のこと

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何気なく市の中心に出る気になり、途中ふっと思いついて前々回の投稿「■日々つれづれ(2018-03-01)ーウトゥカ川のことなど」(ここ)で触れた救出記念公園まで足を伸ばすことにした。同公園はウトゥカ川沿いに立地していて「川の形」を目にすることが出来るからである。着いた時には既に午後6時を回っていてエーデルマン記念対話(ダイアログ)・センター(ここ)は閉館していたが、二年前に初めて訪問した時にはできなかった公園内の散歩ができた。その際に翌日の5月1日にセンターのポドルスカ館長の案内で公園内を「散歩する」催しがあることを知り、翌日改めて出向いて催しに参加することにした。公園の全体図は同センターのホームページでも掲載されているが、Googleの地図を流用しており、リンクを貼るのは気が引けるので、ホームページから辿ってほしい。同サイトは英語版(メインページ上のメニューから「Suvivors’park->see on the map」を選択してクリック)も閲覧出来るようになっているので、容易く辿れると思う。

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(写真)ウトゥカ川

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(写真)対話センターの建物

救出記念公園の「救出」という言葉は、ウッチ・ゲットーからの救出の謂であり、救出というよりは「生還者」という言葉の方が相応しいかもしれない。悲惨を極めたウッチ・ゲットーを生き抜いて救出された人々を記念する公園ということである。ウッチ・ゲットーについては2016年8月に当ブログにもレポートの形で投稿している(冒頭の関連記事)。ウッチ・ゲットーそのものに関心を持たれる方はそちらの投稿をチェックして欲しい。その当時既に当該公園と対話センターを訪れていたが、その時は公園内をゆっくり見て回る機会がなかったので今回はいわば敗者復活戦である。センター館長のポドルスカさんは著名なジャーナリストで、同女史の履歴などはウィキペディアにもポーランド語ながら記事がある(ここ)。同女史とは今回が初対面になるが、100人近く集まった参加者の中で筆者が唯一のポーランド人以外の参加者ということで、幸い親しく話をする機会を得た。今回の「散歩の会」のような文化的な催しでは、ただのアジア系というだけでなく、さらに日本人であることが肯定的に評価されることが多い。スーパーで買い物をしたりする時はただの「黄色人種」にされてしまうのが常なのであるが。

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(写真)公園の銘板

さて当日5月1日の午後4時少し前に集合場所の対話センターの入口前に着くと、大半の参加者は既に集まってきていて、ガイド役のポドルスカ館長が館内から出てくるのを待っていた。まもなく、ポドルスカ館長が館内から出てきて参加者に対して歓迎の意を込めた挨拶を始めたが、思っていた以上の参加者数にやや嬉しい誤算という印象だった。ポーランドでも5月1日(レイバー・デイ)と同月3日(1791年5月3日憲法記念日)が国民の祝日で、狭間の2日も国旗の日と制定されており、現状公式には国民の祝日ではない労働日ではあるものの、いずれ3連休となって日本のゴールデン・ウィークのような大型連休になっていく可能性を秘めている。現在でも職場の都合で有給休暇が取れれば一週間以上の連休になる。従い、ポドルスカ館長がこの時期には遠出をする人が多く、ローカルのイベントに人は集まらないだろうと考えていたとしてもさほど不思議ではない。

ここから先は前述のサイトの公園全体図(地図)を見ながら読んで頂くと分かりやすいと思う。この日はセンターの建物の真下にあたる展望台からスタート。事前に順路が計画されている訳ではなく、「ガイドさん」のその時の気分で順路を決めて歩いていく気楽な散歩の会である。公園全体図の右下の方に見える渦巻き形をした場所にお気づきであろうか。文字通り渦巻状の小道を辿って上にあがるようになっている人工の「丘」で、その「頂上」がちょっとした展望台になっている。以下の写真2葉を見て頂くと分かるが、展望台にはヤン・カールスキの像を伴ったベンチが置かれている。もう一方の写真は、地図で言うと左方向に遠望したものである。ヤン・カールスキの名はテレビやラジオで耳にしたことがある程度で、本格的な事績は催しの後にウィキペディア(ここ)などで改めて勉強させて頂いた。ポーランド語ではあるが、ウィキペディア以外にも対話センターのサイトに様々な関連記事がある。そうした記事を拾い読みしているなかで、「人生の目的が自分のためだけではなく他者をも包含・転化した時点でそれはミッションと呼ばれる」という趣旨のコメントが目につき思わず共感した。カールスキの事績は、「ミッション」という表現が一番相応しいようである。

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(写真)カールスキのベンチ

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(写真)展望台からの遠望

ポドルスカ館長による興味深い説明を聞いた後展望台を降り、ちょうど上の2枚目の写真にあるようにウトゥカ川に向かって歩いていくと、途中に「生還者たちの記念樹」が広がっているのが分かる。ちょっと見た限りでは木そのものに番号札が付いているようでもなく、どの木が誰に属するものなのかよく分からない。筆者がポドルスカ館長の説明を聞き落としたのかも分からないが。ただ、植樹した生還者の名が番号と共に石版に記されて側道に敷き詰められており、少なくとも植樹した生還者の名前だけは確認できるようだ。進行方向からと逆方向からと2葉写真を掲げるので雰囲気は掴んでいただけると思う。

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(写真)植樹者の銘板

さらに歩いていくとウトゥカ川に至り、川の向こう側に「正義の人々の石碑」(訳は仮訳、筆者の解釈は「ゲットーという現実に対して何らかの形で「正義」を貫いた人々」と理解する)が川に沿って建てられている。石碑には様々な人々の名前が銘板の形で嵌め込まれている。この石碑の配置は、いわゆるダビデの星の形を取っており、それは前述の公園全体図(航空写真版)でみるとはっきりする。石碑の前を流れる?ウトゥカ川の方に気を取られていたせいか、前日に公園をざっと見て回った時には気づかなかったことで、「散歩の会」の一番の成果かもしれないと思った。前日と頃合いもほとんど同じであったせいか、同じ男性が釣り糸を垂れていたのが面白かった。

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(写真)石碑の前で説明するポドルスカ館長

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(写真)釣りをするおじさん

来た時とは反対側の橋を渡ると、ジェゴタの碑が目に入る。「ジェゴタ」も催しの後にウィキペディア(ここ)などで改めて勉強させて頂いたことの一つである。

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(写真)ジェゴダの碑の前に立つポドルスカ館長

ジェゴダの碑に向かって左に進路を取りさらに歩くと分かれ道にぶつかる。これを右に折れて対話センターの建物に向かって歩いていくと「救出記念公園創設の碑」がある。

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(写真)碑の前で説明するポドルスカ館長

これでこの日の散歩の会は終了して解散。一部の参加者はさらにセンターの中に入って展示物などを見学した。

(了)

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