■日々つれづれ(2019-06-12)ー3年目の日本語教師

リタイア後のメインの活動の一つとして、居住地ウッチのポーランド人に日本語を教えるという仕事を始めて3年目になった。7月からの3ヶ月は端境期になるので、3年目も実質終わったと考えてよいだろう。最初の2年間は文字通り試行錯誤の手探りで進めてきたが、3年目にあたる2018年10月からの9ヶ月間は、初めて本格的な教育機関で教えるという経験をさせてもらった。現在も進行中の活動である。正味90分の授業を週に5回行うということで、授業の準備も含めると、自分の全活動の大半がこの活動に割かれたと言って良いと思う。

その当然の結果として、活動のもう一つの柱であるブログへの投稿がまったく「お留守」になってしまった。ブログが開店休業の状態になってまる9ヶ月。ウッチ市の歴史に関する翻訳の方はまだ手が付けられる状態ではないが、せめて日本語教師の方の活動の総括をしておこうと思う。「ウッチつれづれ」のような、ほとんど自分のために記しているブログでも、公開していると目に止めてくださる方もいらっしゃるので、全く読者を想定しないわけではないが、今回の投稿はとりわけ自分のための小文である。

まず、日本語教師としての自分なりの立脚点を確認しておこう。40年前に東京の私立大学の日本文学部を卒業したが、教員免状は持っておらず、多少小説の類は読み込んでいる程度の自分が、引け目を感じながらもここ迄やってこれたのは、希少価値という価値はあり得るだろうという思いがあるからである。それは、スラブ諸語に携わってきた自分の経験である。大学在学中にロシア語、19世紀のロシア文学に触れ、社会人となってからもポーランド語やチェコ語という同じ系統の言語に関わってきた経験を、今度は逆の立場で活かすことが出来るだろうという発想である。

3言語のうち本格的に学んだのはロシア語だけであるが、その過程で出会ったポーランド語も日常的に使えるようになっているし、チェコ語も8年間首都プラハに住みかつ仕事をしていたので、ロシア語やポーランド語との違いくらいは分かるようになっている。これらの言語は、語彙レベルの違いは当然ながら多々あるが、文法の体系はかなり似ているので、3つを比較しながら当該言語を考えるという思考過程が自然に身についてきている。

その関連であるが、自分は、曲がりなりにも学生たちの母語を媒介にして、日本語との違いを学生たちと一緒に考えながら教えかつ自分も学ぶという教え方ができることも希少価値かなと考えている。結果は時間が経たなければ何とも言えないが、少なくとも、ゼロから始める学生たちに教えるという環境ではそれなりに機能しているのではないかと思っている。もちろんそれは、媒介語で何でもかんでも説明するということではない。そんなことは、バイリンガルでもない限りやれないことであろう。自分のポーランド語はあくまでも、外国語としてかつ40歳を過ぎてから習得した言語である。教える側の主体性は保ちつつも、学生たちと一緒に考えながら授業を進めるというのが自分のスタイルということである。

一応、誤解を避けるためにここで補足しておくと、自分は、自分のやっていることがベストだなどと考えているわけではない。自分がやれることは何かと考えながら消去法で突き詰めていったらここに至り着いたということである。そもそも、今の自分は「正解は一つ」という考え方を断念して久しく、その流れで普遍的な「ベスト」などということは気にしなくなっている。自分が学生たちに伝えられるものは何かを突き詰めて考え、その上で軸足をしっかり踏まえてやっていく。もちろん、個々の場面で反省すべきことは多々出てくるであろうし、実際そうしたちょっとした反省は常に強いられていると言っていい。それでも、軸足がしっかりしていれば、また前に進んでいくことが出来る。

次に、少しばかり教師業の具体的な話題について感想を述べてみよう。

教科書のこと。当地では、「みんなの日本語」や「げんき」といったポピュラーな2つの教科書の他に、ポーランド語で説明されている教科書が語学学校や講習会などではよく使われている。そもそも、体系的に教える必要があるという状況で、かつ自分のようなバックグランドしかない「にわか教師」にとり教科書を使わずに教えるという選択肢はない。よって、いずれかの教科書を選択しなければならない。まず、ポーランド語の説明がついた教科書は最初に選択肢から外す。自分が必ずしも十分に理解できるわけではない「解説」を学生たちに説明出来るわけがないし、自習用ならともかくネイティブが教えるのに意味がないだろうという判断である。結局、前述の二つの教科書のいずれかを選択するということになったのであるが、最終的に学生がある程度自習出来る余地のある教科書という観点で「げんき」を選択した。しかし、蓋を開けてみたら、思っていたほど学生たちが自習してくれないことがわかり、必ずしも良い選択であったかどうか、現在は多少疑問を感じている。

直近の9ヶ月では、「げんき初級I」の12課を学習した。ですます文の基礎、「ば形」と「う形」を除く動詞活用のほぼ全容、単形と簡単な複文、インフォーマル体(友達スタイル)の基礎と並べていくと自ずと気付かされるが、かなり盛りだくさんの内容である。これらの項目の他に、いわば水面下の知識とも言える、日本語の構文と語順、時制などもある。そして、助詞。全てが理解されかつ習得されていればかなりのことを日本語で表現出来るようになっているはずであるが、習得度には差があるので、まだまだ会話を構成するところまではいかない学生が大半である。10月から始まる次年度は「げんき初級II」を学習していくことになるが、復習の時間を多めに取っていかねばならないだろう。

視聴覚教材とクラウドの利用について。過去の9ヶ月の経験の範囲でいうと、最初は視聴覚教材に頼りすぎたきらいがあり、後半から積極的に板書する方針に切り替えた。もちろん、両方バランスよく使っていくのが理想なので、来年度は視聴覚教材の使用を少しだけ復活させようと思っている。紙媒体の資料や教材では概ね白黒ベースになってしまうので、効果が半減する。ただし、学校に設置されている機材に依存することなので、どんな設備のある教室を与えられるかを見てから具体的な方策を考えていくことになる。クラウドの利用については、あまり効果は出せなかったと言わざるを得ない。クラウドは、教科書や教材を提供する側の教師と、享受する側の学生たちの双方が積極活用して初めて効果が出るのであるが、積極活用している学生は全体の四分の一程度に留まっている。

さて最後に、この3年間、特に直近の9ヶ月間で日本語について自分が学んだことを整理しておこう。自分は体系的に教授法を学んだわけではないので、教えている過程で「これはどう説明する?」といった事柄が出てくると、勢いネットで先輩諸氏の意見をチェックさせて頂くことになる。教科書の教師用指導者や既成の文法書、更に日本語の解説書なども参照はするが、自分のような「にわか教師」にとってはネット情報がとても貴重である。ネット情報は自分の力で考えるということを教えてくれるという効用もある。またネット情報が有り難いのは、「権威」で説明するのではなく、それぞれの解釈を提示してくれていることである。ただ、一つの解釈だけでなく複数の解釈を参照して、最後は自分の力で噛み砕くことが重要である。とにかく、学生たちに日本語を教えると同時に自分も学んでいくというのが自分のスタイルであると割り切り、ちょっとした反省点が出てきても過剰に悩まないことにしている。前述の通り、その結果、良否は時間が教えてくれるだろう。

(了)

“■日々つれづれ(2019-06-12)ー3年目の日本語教師” への2件の返信

  1. 始めて投稿させていただきます。
    小生は日本語を教え始めてから1年弱が経ち、昨年の冬学期には5年生を、今夏学期には4年生を教えています。
    期末試験の期限が近付く中、ようやく、試験問題を作成しているところで、かなりダメな教師ですが、まだまだ暗中模索の中におります。
    Anjin-Sanは最初の2年間は試行錯誤の中で進められたと書かれており、小生の「混乱ぶり」も「誰もが通る道」であると自分を落ち着かせております。
    今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。

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