■「子どもたちへ」(7月21日)

「子どもたちへ」

6月22日に、6年ぶりに君たちに宛てて送ったメーッセージから、一ヶ月が過ぎました。パパの回想録の後半を、前半の回想記とは少し違った形で、ブログというパブリックな媒体に綴ることを決めた後に送った、最初のメーッセージでした。パブリックと言っても、想定している読み手はもちろん君たちです。

そのメッセージの最後に、君たちへの約束として、「ウッチというキーワードで回想されたパパの後半生。どんな内容になるのか。とにかく、出来るだけいろいろな切り口で回想してみようと思っています。」と記しました。言い方を変えれば、自分の人生、特に後半生をポーランド=ウッチという今の視点に立って振り返ってみるということでした。

以後、パパがキーワード「ウッチ」に到達するまでの流れをざっと見た上で(■言葉との関わりについて■ロシア語からポーランド語へ■自分にとっての同時代史と現代史)、次の切り口としてドストエフスキーとの関わりというテーマを据えて三回に亘り小文を投稿しました。その出来栄えは?正直言って、あまりにも大き過ぎるテーマをいきなり据えてしまったようです。ウッチに至るまでのことについては、私家版の回想記前半にも書かれているので、省略が許されとしても、本筋の作家と自分との関わりについての記述があまりにも貧弱でした。

タイトルからして、少しばかり大げさなタイトルになっていましたね。「私のドストエフスキー」であれば、まさに自分と作家との関わりについてこそ綴るの本筋でしょうが、この部分が少なく、まさに「羊頭を掲げて狗肉を売る」をそのまま地で行く投稿にになってしまいました。ウッチとパパの人生という二つの点に大作家という点を加えたものの、その関連を表現しきれていなかったということだろうと思います。

ということで、その後タイトルは『「私のドストエフスキー」スケッチ』と変えて、続編につながるように訂正しました。これまでの三回の投稿で、現在自分が立っている位置からテーマとなっている作家やその作品を見るという作業は、内容の充実度に濃い薄いはあるにせよ、一応終えたと考えていますが、今の位置に至るまでの作家と自分との関わりについては、もう少し深めないといけないだろうと思っています。当初は、このテーマでの投稿は三回で終わりにしようと思っていたのですが、やはり続編を書かないといけないようです。

予定されるその内容は、いうまでもなく、作家と自分との関わりを今の視点だけではなく、二十代の出会いから今に至る迄の期間を通してもう少し詳しく回想することです。もちろん、キーワードは「ウッチ」ですから、これに触れないわけにはいきません。しかし、点としてのウッチは、このブログの本来のテーマであるウッチの歴史の翻訳で紹介されていきますし、メインはあくまでも作家と自分との関わりということになります。

もう一点。「ウッチ」は「ポーランド」というテーマに発展するように、「自分」は「日本」というテーマに発展します。正直言うと、企業をリタイアしたあと、ウッチで日本語を教えるようになって、日本や日本の歴史について考えることが多くなっています。君たちとの会話でも話題にすることが多いので、気付いていることでしょう。三回の投稿の最後でも、唐突ながら少し触れました。ですが、これについては、次の大きなテーマ、もしかしたら人生最後のテーマに残しておきたいと思います。

ではまた。

(了)

コメント欄

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください